国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2021-08)
経済と人権でジレンマを抱える中国ヨーロッパ関係と曲がり角の「17+1」

2021-10-26
李昊(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

 

2021年3月22日、EUは外相理事会において、中国国内の少数民族であるウイグル族に対する人権侵害を理由として、中国当局者に対する制裁を採択した。ヨーロッパの対中制裁は、1989年の天安門事件時以来約30年ぶりである。それに対して、中国は即座に「内政干渉」であると反発した。厳しい米中関係が続く中、中国とヨーロッパとの関係も緊張が増している。

中東欧でも、中国が近年推し進めてきた経済協力枠組である「17+1」が曲がり角に差し掛かっている。中国から約束された投資が必ずしも実行されず、失望感が広がっている。本稿では、経済と人権のジレンマに焦点を当てて最近の中国ヨーロッパ関係の構造と問題について整理し、「17+1」の現状を考えたい。

経済と人権の狭間で

自由、民主主義、人権は、ヨーロッパ諸国社会を支える中核的な理念である。ハンガリーのような権威主義的な性格を強める国もあるものの、ヨーロッパは殆どの国が安定した民主主義国家となっている。一方、中国は中国共産党が強固な一党独裁体制を維持する権威主義国家である。政治体制・政治理念の観点からは、両者の隔たりは極めて大きい。1989年の天安門事件に対しては、対中制裁が発動され、中国は国際社会から孤立を強いられた。当時の制裁が解除された後も、中国の人権状況は常にヨーロッパの批判の対象となってきた。2008年の北京オリンピック前のチベットの人権状況をめぐるヨーロッパ諸国の対中批判も広く注目された。

しかし、中国とヨーロッパとの関係が常に対立的だったわけではない。1998年には中国とEUは互いを「包括的パートナーシップ」と位置付け、2003年には「包括的な戦略的パートナーシップ」に格上げされた。中国とEUとの間でさまざまな対話の枠組が設けられ、一時は、中国とEUの蜜月関係とまで言われた。個別の国と中国との対話も頻繁に行われた。特に、イギリスやドイツなどは中国との関係を重視し、習近平政権成立以降も頻繁に行き来し、首脳会談を重ね、協力関係を演出してきた。2015年にキャメロン英国首相と習近平がパブに赴き、ぎこちなさそうに立ち話をした光景は多くの者に強い印象を与えた。

ヨーロッパと中国を結びつけるのは、経済成長を続ける中国の経済力であることは言うまでもない。中国にとってEUは最大の貿易相手であり、EUにとっても中国は米国につぐ貿易相手国である。中国の経済成長の速度が落ち着きつつあるとは言っても、依然として世界経済の中では成長著しい部類であるし、すでに世界第二の経済大国である。中国とヨーロッパは少なくとも経済の面では、必要不可欠のパートナーとなっている。

中国から見れば、この経済関係はヨーロッパとの関係のスタビライザーであり、中国にとっての最大のカードでもある。ヨーロッパがいくら人権問題で中国を批判したところで、中国なしに経済が立ち行かないことを中国はよく理解している。天安門事件後の対中制裁は、日本が突破口となってなし崩し的に解除された。2008年、チベット問題で欧米諸国が対中批判を強めても、結局各国は北京オリンピックをボイコットすることなく、有耶無耶になった。これらのいずれの問題についても、中国自身は何ら改善していない。2020年の香港版国家安全法や、新疆でのウイグル族に対する人権侵害問題についても、ヨーロッパからの批判に対して、ほとぼりが冷めれば、ヨーロッパ諸国がまた中国との関係改善を図るに違いないと中国が考えるのは自然である。中国から見れば、そもそも人権外交は、各国の国内世論に対応するものであり、実効性に乏しく、象徴的なパフォーマンス以上のものではない。

中国との関係については、ヨーロッパ内部でも足並みが揃わない。ドイツは一貫して経済と人権のバランスをとる態度を示し、中国との関係悪化を避けようとしてきた。イタリアに至っては、習近平の代名詞とも言える「一帯一路」に公式に参加し、一層関係を深めてきた。中国からすれば、EUの場で象徴的な制裁を採択することはできても、団結して中国と対抗することは困難であるいう認識がある。ただし、9月に、EU議会で中国戦略報告書が採択され、EUの対中国政策が明らかに厳しくなったことは注目に値する。これは必ずしもEU各国の対中政策に反映されるとは限らず、現状ではヨーロッパが団結して中国と対抗することを意味するわけではないが、ヨーロッパ全体の中国観の現状を反映したものであることは間違いない。また、9月には、オーストラリア、イギリス、米国によるAUKUSが発足したことも重要である。これは明らかに対中国を想定しており、中国も強い反発を示した。EUを離脱したイギリスが今後どのような対中政策を取るのかは中国とヨーロッパの関係の大きな変数となる。

曲がり角に差し掛かる「17+1」

中国は2012年に、中東欧諸国との「16+1」(のちにギリシアが加わって17+1となる)と言われる経済協力枠組を立ち上げ、毎年のように首脳会合を開催してきた。中国にとって、中東欧は一帯一路のルート上にあり、西ヨーロッパへの足掛かりともなる重要な地域である。中国は中東欧での投資を約束し、存在感を高め続けてきた。しかし、今年2月にオンラインで開催された首脳会合では、バルト三国とルーマニア、ブルガリアは首脳の出席を見送り、その後6月に入って、リトアニアは17+1からの離脱を表明した。

中国と中東欧の協力枠組については、当初からヨーロッパの分断につながると懸念されていた。それでも、背に腹は変えられない状況にあった中東欧諸国にとって、中国の経済力は魅力であった。17+1も9年目を迎え、当初中東欧諸国が期待したほどの経済的な利益が得られているとは言い難い。そこに米中対立の激化やEUによる対中制裁の発動があり、中東欧諸国も対中関係の再検討を迫られている。

中東欧諸国の間にも歴然と分断が存在している。中国は、西ヨーロッパの大国が関与できず必然的に自らが主役となるという点において、17+1の枠組を重視してきた。しかし、17カ国のうち12カ国はEU加盟国である。17+1からの離脱を宣言したリトアニアは、EUで団結して27+1の枠組に移行すべきだと主張する。17+1の枠組が、EUの東西の連帯を損なうことに対する懸念が当然その背景にある。しかし、リトアニアの行動は、必ずしも17+1の枠組を崩すには至っていない。西バルカンの5カ国はそもそもEUに加盟しておらず、EU加盟国もハンガリーをはじめとして、依然中国に強い期待感を寄せ続ける国がある。今年の17+1会合も、5カ国の首脳が出席しなかったことが注目されたが、裏を返せば、12カ国(うちEU加盟国が7カ国)が依然として、この枠組に首脳が参加する価値を見出していると言える。特に、コロナウイルスによるパンデミックのなか、EUや西ヨーロッパ諸国による中東欧諸国への支援は不十分で、各国は中国の支援を求めた。セルビアのブチッチ大統領は、中国からのワクチン到着を空港で出迎えたほどである。中国も一帯一路の肝でもある中東欧諸国との協力枠組の維持には強い意欲を持ち続けている。

17+1の枠組は、曲がり角に差し掛かっているが、依然としてその有効性は消滅していない。中国自身、ヨーロッパでの投資や事業展開について修正を進めており、より質を重視する姿勢を示し始めている。中東欧諸国は、中国、西ヨーロッパ、アメリカなどの大国を天秤にかけながら、自らの利益を確保するしたたかさがこれまでにも増して必要となっている。