国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2023-11)
ロシアによるCTBT批准撤回―目的と含意

2023-11-06
戸崎洋史(日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター所長)
大杉茂(日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

批准撤回法案の可決・承認

ロシアのプーチン大統領は2023年11月2日、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准撤回に関する法案に署名した。プーチン大統領は、これに先立つ2月の年次教書演説で、米露新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止を表明するとともに、「米国が(核)実験を行えば、我々も実施するであろう」(括弧内引用者)と述べ、留保を付しつつも核爆発実験再開の可能性に言及した。10月に入ると、プーチン大統領は、米国がCTBTを批准していないのに対して、ロシアは署名も批准もしていると述べた上で、ロシア議会が批准を撤回することも理論的には可能だと発言した。これを受けて、ウォロディン下院議長は10月6日、「世界の状況は変わった。ワシントンとブリュッセルはわが国に対して戦争を仕掛けてきた。今日の課題には新しい解決策が必要だ」とし、CTBT批准撤回の必要性を速やかに検討すると表明した。ロシア下院が10月18日に、また上院も同月25日に批准撤回の法案をそれぞれ全会一致で可決した。

批准撤回の動機・目的

ウリヤノフCTBT特使はSNSで、ロシアがCTBT批准を撤回する「目的は、条約に署名したが批准しなかった米国と対等な立場になることだ。撤回は核実験再開の意図を意味するものではない」と主張した。プーチン大統領や他の政府・議会高官らも同様の趣旨の発言を繰り返しており、ウィーン軍縮・不拡散センターのソコフ上級研究員は、ロシアは核軍備管理に関してこれまで譲歩しすぎてきたと認識しており、CTBT批准撤回によって米国と同等の立場に戻るよう是正すべきであること、ならびにロシアは軍備管理に関心を有していないことといった政治的メッセージを発する意図があると分析している

また、ウォロディン下院議長が、批准撤回は米国の「不正行為と冷笑主義」、ならびに長年にわたる条約批准失敗への正当な反応であり、「今日世界で起こっていることは、ひとえに米国の責任だ」と述べたように、ロシアには核問題を取り巻く厳しい現状について、米国にその責任を転嫁し、対米批判を喚起したいとの狙いも見受けられる。弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約や中距離核戦力(INF)条約から脱退し、新STARTの円滑な履行を妨げ、CTBTも批准していないのは米国―INF条約や新STARTをめぐる動向はロシアの不遵守に起因するものだが、ロシアはこれを認めていない―であり、米国は核軍備管理の推進を声高に主張する一方で、実際にはそれを阻害する主犯だとの論調を印象付けようとしている。

CTBT批准撤回には、ウクライナ戦争におけるロシアからみた状況の悪化が核爆発実験の再開というさらなる核エスカレーションをもたらしうると想起させることで、ウクライナ、およびウクライナを支援する西側諸国に対して警告・威嚇を発するといった意図もあろう。CTBTは、条約に関連する「異常な事態」が自国の「至高の利益」を危うくした場合に締約国が脱退する権利を認めており(第9条2項)、未発効であるため「脱退」ではないものの、ロシアが仮に核爆発実験を再開すれば、それは条約からの実質的な離脱を意味するとともに、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる状況がそうした事態にあたるとのロシアの認識を強く示唆するものとなろう

この点に関連して、ロシアが1991年以来続くモラトリアムを撤回して核爆発実験を再開することにどれだけ強い意思を有しているかは定かではない。少なくとも現時点では、ロシアは米国が実施しない限り、核爆発実験を再開する意図はないとの主張を繰り返している。また、ロシアは批准撤回後も依然としてCTBT署名国であり、ウィーン条約法条約では、署名国は条約の趣旨及び目的を失わせることとなるような行為を行わないようにする義務がある(第18条)。他方で、示威的な核爆発実験の実施はロシアにとって引き続き、エスカレーション抑止(escalate to deescalate)の重要なステップの1つであると考えられている。また、正確な目的は不明ながら、ロシアは北極海のノバヤゼムリャ島核実験場で、核実験用のトンネル工事とみられる作業を含め、様々な工事を行っていることが衛星画像の分析から明らかになっている。さらに、プーチン大統領は10月5日に、一部の技術者が核実験の必要性について言及しているとも発言した(ただし、プーチン大統領自身は、核実験の実施が必要か否かについて結論に至ったわけではないとも述べている)。政治的な目的だけでなく、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や原子力推進長距離核魚雷等に搭載される新型核弾頭の開発、既存の核弾頭の信頼性・安全性の確認などといった技術的目的でも、ロシアが核爆発実験を再開したいと考えている可能性は排除できない

上述のように、ロシアは、「米国が核爆発実験を実施しない限り」核爆発実験を再開しないと明言している。その米国は核爆発実験モラトリアムを堅持しており、ロシアに先んじて実施するとは考えにくい。しかしながら、ロシア・ウクライナ戦争で様々な偽情報を喧伝してきたロシアが、この問題でも米国が核爆発実験を実施したとの偽情報を流布し、これを口実に核爆発実験を敢行する可能性は排除できない。10月10日にはリャブコフ外務次官が、米国が核実験実施の準備を進めているとの兆候を得たと発言した。また、米国が世界で行われ得る低出力の核爆発を検知する能力の向上を目的として10月18日にネバダ核実験場で実施した高威力化学爆発について、ロシアメディアはロシア政府がこの実験を注視しているとして、CTBT検証・監視体制強化という目的を暗示的に歪曲しつつ報じたことにも留意する必要があろう

核エスカレーションという文脈からは外れるものの、米国は近年、CTBTでは「出力ゼロ(zero yield)」を超える核実験は禁止されるとの共通の理解に反して、ロシア(および中国)が出力を生じる核実験を実施した可能性があると指摘してきた。極めて高感度なCTBTの監視観測所網―以前は非公式ながら1キロトン以上の爆発の探知が目標とされていた―にも探知されない態様でロシアが低出力核爆発実験の実施を試みる(あるいは継続する)可能性、さらにはロシアが過去に他の軍備管理条約への違反で行ってきたように、核爆発実験を実施し、その説得力のある証拠がつきつけられたとしても、核爆発実験の実施を否定する可能性も指摘されている

批准撤回の含意

CTBTが187の署名国および178の批准国(2023年10月末時点。批准国数にはロシアを含む)を有し、北朝鮮を除き核兵器保有を公表するすべての国が核爆発実験モラトリアムを宣言していた。そうした、いわば核爆発実験の禁止がほぼ国際規範化するなかでのロシアによるCTBT批准撤回は、ロシアが米国と並ぶ世界最大規模の核戦力を保有し、NPT上の核兵器国であり、国連安保理常任理事国でもあるという意味で核の秩序に大きな責任を担うべき国であるとの観点からも、核軍備管理の2010年代半ば以降から続く弱体化を一層強く印象付けている。ロシアが核爆発実験の再開に至らないとしても、たとえばCTBTの下で構築されてきたロシア国内の監視観測所からウィーンにある国際データセンターへのデータ送信の停止、自国に設置された監視観測所の運用や維持管理活動の停止、あるいは分担金の未払いなど、CTBTへの実質的なコミットメントを低下させれば、核爆発実験の監視やCTBTO準備委員会の運営にも一定の影響をもたらしうる。

CTBT批准撤回が西側諸国に対する核エスカレーションの一つのステップであるとすれば、核リスクの増大も懸念される。西側諸国は、ウクライナ侵略以降のロシアによる核兵器使用の恫喝に対して、強い懸念を持ちつつも、(少なくともロシアが決定的な敗北に近づくまでは)実際に核兵器が使用される可能性は低く、西側諸国にウクライナ支援への慎重さを課すことを主眼としたものと捉え、慎重ながらも段階的にウクライナ支援を拡大してきた。仮に、ロシアがCTBT批准撤回をこれまでよりレベルを一段高めた恫喝と位置付け、それにもかかわらず西側諸国がこれまでと同程度の恫喝と捉え、ロシアが設定するレッドラインを超えることになれば、ロシアのさらなる核エスカレーションを招きかねない。核による強制(nuclear coercion)という観点からは、ロシアのCTBT批准撤回には目的やレッドラインに曖昧性が少なくなく、そこから誤算や誤認のリスクが生じうる。

ロシアが核爆発実験を実施すれば、これに続く国が出てくる可能性は低くはない。なかでも北朝鮮は2022年5月以降、核爆発実験の準備ができていると報じられてきた。仮に現在まで政治的理由で核爆発実験を控えてきたとすれば、2023年9月の露朝首脳会談が示すようにロシアとの戦略的関係を緊密化させてきた北朝鮮は、ロシア―対北朝鮮制裁を定めた国連安保理決議で禁止されている北朝鮮へのロケット技術などを供与する可能性を露朝首脳会談で強く示唆した―による核爆発実験を、自国の核爆発実験への青信号と捉えるかもしれない。急速に核戦力を拡大する中国、あるいは1998年以降は核爆発実験を実施していないインド・パキスタンも、核爆発実験の再開に少なからず関心を有していよう。

ロシアの動向に対する国際社会の反応も、CTBT、さらには核軍備管理・軍縮の今後の動向に影響を及ぼしうる。ロシア・ウクライナ戦争におけるロシアの核恫喝に対して、(核兵器禁止条約賛同国を含む)少なからぬ非核兵器国が名指しでの批判を避けてきたことを考えれば、ロシアのCTBT批准撤回に対しても、さらには核爆発実験を実施した場合にも、ロシアを批判しない非核兵器国が出てくる可能性は決して小さくない。国際社会が一致してロシアを非難できなければ、核爆発実験禁止の国際規範は弱体化し、核軍備管理・軍縮の再活性化に向けた国際社会の核保有国に対する説得力も低下しかねない。

政治的・技術的コミットメントの再確認

ロシアのCTBT批准撤回に対して、条約および核軍備管理・軍縮を巡る状況のさらなる悪化を抑制するために、政治的・技術的両面でコミットメントを再確認することが求められる。

政治面では、ロシアは核爆発実験モラトリアム、ならびにCTBT署名国としての義務の遵守を継続すると、明確に再確認することが必要である。核爆発実験やCTBTへの対応を核恫喝や核エスカレーションの手段として用いないとのコミットメントも、核リスク低減や核軍備管理・軍縮の維持に資する。国連総会や包括的核実験禁止機関(CTBTO)準備委員会などといった場で、上述のようなコミットメントについて、ロシアを含む核保有国に求める共同声明を、可能な限り多くの国の参加を得る形で発出することも考えられる。

技術面では、引き続きCTBT監視観測所網の整備および維持管理、ならびに監視要員の能力向上に努めることが重要である。CTBTの監視観測所網は、条約が発効した時に機能しているようにしなければならない(第4条1項)。現在、その約90%が完成し運用されているが、たとえば中国の半数近くの施設は依然としてCTBTO準備委員会暫定技術事務局による認証が完了していない。今後、仮にロシアが核爆発実験を実施したとしても、これを可能な限り確実に探知できるよう、CTBTの署名国・批准国には、継続して監視観測所を維持・管理していくことが求められる。また、CTBTでは、探知された事象の性質(たとえば、自然地震であったのか、人工的な事象であったのか)については、締約国が判断することと定められている。核爆発実験に迅速かつ着実に対応できるよう、各国の監視技術者には解析能力を維持・向上させていく努力も求められる。




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