国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2024-01)
2期目に挑むバイデン大統領 -2024年アメリカ大統領選考察(1)-

2024-03-31
舟津奈緒子(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

2024年アメリカ大統領選挙は、予備選を経て、現時点では民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の再対決となる見込みだ。そうした中、共和党の予備選や党員集会で大きな存在感を示したトランプ前大統領の「強さ」がハイライトされる一方、2期目を目指す現職のバイデン大統領には「弱い候補者」という言説がつきまとう。本稿では2024年アメリカ大統領選考察の一助となるよう、2期目に挑むバイデン大統領にまつわる様々な状況や論点を整理する。

高齢不安と訴求しない経済政策、目立たない副大統領

バイデン大統領をめぐる言説でまず目立つのは高齢不安である。バイデン大統領は2023年11月20日に81歳の誕生日を迎えた。雇用年齢差別禁止法によって職務に関するあらゆる年齢差別が禁止されているアメリカではあるが、有権者はアメリカ合衆国の大統領職に関しては年齢に対する特別な関心を寄せている。2024年2月9~10日のイプソス社/ABCニュースによる調査iによると86%にも及ぶ回答者がバイデン大統領は「大統領を務めるには高齢すぎる」と判断している。

これまでもバイデン大統領は人名を言い間違えたり、演説中に咳き込んだり、足元が不安定になるなど心身の衰えに対する不安を度々指摘されてきた。2024年2月5日にも、バイデン大統領の自宅から副大統領時代の機密文書が見つかった問題を捜査しているハー特別検察官の報告書iiが公表され、報告書でバイデン大統領を「高齢で記憶力が乏しい」と表現し、仮に訴追しても「陪審員は記憶力が低下した老人」と見なす可能性があるため「刑事訴追はしない」という結論に至ったと発表され、バイデン大統領の高齢不安を一層際立たせることとなった。

これらの自身に向けられてきた高齢不安を念頭に、バイデン大統領は3月7日の一般教書演説iiiで「私は高齢だが記憶力は正常である」、「問題は年齢ではなく考え方が古いか新しいかだ」と国民に強く訴えた。もっとも、先述の調査では62%が77歳のトランプ前大統領も「高齢すぎる」と回答している。しかし、高齢不安は大統領就任時の最高齢記録を更新したバイデン大統領に目立って付きまとい、「弱い」バイデン大統領という文脈を引き立たせる結果となっている。

次に、経済である。バイデン政権下のアメリカのGDPや失業率などの経済指標は決して悪いものではない。しかし、ウクライナ戦争の影響を軽減するためのインフレ対策も大きな効果が表れておらず、有権者の生活が向上している実感に乏しい。アメリカの消費者マインドや個人消費の先行指標として注目されるミシガン大学消費者信頼感指数iv もバイデン政権の発足以降、2022年6月に底値をつけてから回復基調にはあるが、コロナ前の基準を回復できていない。

バイデン大統領は就任1年目の2021年には1兆ドル規模のインフラ投資法を成立させ、翌2022年には企業や富裕層への課税強化を含む4,300億ドル規模のインフレ抑止法を成立させるなど就任以来経済政策を目玉政策としてきたが、これらが有権者の日々の生活に訴求していない。経済格差が進み、格差が固定化されているアメリカでは、中間層や経済的下層におかれている人々に現在の好調な経済指標の恩恵が届いていない可能性がある。また、コロナ禍の一応の終息を経て、現金給付や失業対策等の個人への福祉政策を含む新型コロナ関連の財政出動が終了し、経済的下層におかれている人々がそれらの給付に比べて現在の好調な経済指標による恩恵を感じづらい側面もあろう。

2024年3月27日のイプソス社/ロイターの調査vによると、大統領選で有権者が重視する課題として経済は19%であり、最上位の政治的混乱/民主主義への脅威(22%)に次いでいる。経済状況が選挙結果を左右するとされる大統領選において、現在、バイデン政権が経済領域で支持を得ているとは言えず、11月の投票日までに有権者の日々の生活に直結する経済政策で得点をあげられるかどうか注視される。

さらに、バイデン大統領につきまとう「弱さ」には、「弱い副大統領」という言説もあろう。副大統領に就任以降、ハリス副大統領の言動に耳目が集まることは少なく、また、ハリス副大統領の政治家個人として掲げる政策も有権者にはぼやけたままだ。言うまでもなく、副大統領は大統領の地位の継承順位が1位という重要な地位にあるが、ハリス副大統領がバイデン大統領を補佐し、バイデン大統領をより際立たせる役割を十分に果たせているか、さらに、ハリス副大統領が十分にリーダーシップを発揮しているかどうか、高齢のバイデン大統領が職務遂行できなくなった場合に大統領を継承する準備ができているか、その評価は不透明である。トランプ前大統領の副大統領候補はまだ発表されていないが、副大統領候補対決という文脈でバイデン陣営が「弱い」とみなされる余地が大いにある。

無党派層を取り込めるか

アメリカが深刻な政治的分断に陥っていることは今や所与の事態であり、民主党と共和党の二大政党の対立は妥協困難なほどに激しく、それぞれの党を支持する州も固定的である。こうした状況下では、つまるところ、接戦州の勝敗が大統領選の結果を左右する。大統領選で勝利するためには接戦州の無党派層に訴求する論点を選挙の争点とすることが求められている。

この点で、2年前に行われた中間選挙は2024年大統領選挙への重要な示唆を与えた。中間選挙は現職大統領に対する中間評価という意味付けがされることが多いが、2022年中間選挙では事前の予想を覆して民主党が善戦した。その理由として考えられるのが人工妊娠中絶をめぐる問題がクローズアップされたことだ。2022年6月に最高裁判所は1973年に人工妊娠中絶の権利を女性に認めたロー対ウェイド判決viを覆したvii。これによって、人工妊娠中絶の問題が従来リベラル派と保守派の対立の範疇とみなされてきた価値の問題を超えて、広く無党派層、なかでも女性と若年層の関心をとらえて人工妊娠中絶の権利を擁護する民主党への得票につながったviii

バイデン大統領は3月7日の一般教書演説でも人工妊娠中絶の権利を擁護する姿勢を強調し、今年の大統領選でも無党派層の得票につなげられるよう選挙の争点に位置付けようとしている。ハリス副大統領も1月からウィスコンシン、ミシガン、ジョージア、アリゾナ、ミネソタといった大統領選の接戦州を中心に「生殖を巡る自由のための全国横断」と題した遊説ixを続けている。バイデン政権が人工妊娠中絶の権利擁護を大統領選の争点に位置付けていることは明らかである。しかし、先述の2024年3月27日のイプソス社/ロイターの調査によると人工妊娠中絶の問題を重視している有権者は4%にとどまっている。人工妊娠中絶の権利擁護が果たして2年前の中間選挙と同様に大統領選でも無党派層の得票につなげられるかどうかは未知数であり、現在、有権者がどの程度この問題を重視するのかを正確に把握する必要があろう。

無党派層の取り込みでは移民政策でも難しいかじ取りを迫られている。メキシコと国境を接するテキサス州から移民バスで送られてきた移民の対応にニューヨーク州が苦慮するなど従来移民の権利擁護に手厚かった民主党支持基盤の州においても移民に対する不満が出されるなどアメリカ全体が移民に対して厳しい雰囲気に傾いていると指摘する声は多い。先のイプソス社/ロイターの調査でも有権者が大統領選で重視する問題のなかでも移民に関する問題は17%と上位3番目に高い関心を集めている。

こうした中、2024年2月13日には共和党が多数党の下院は国境政策の失敗によって不法移民の急増を招いているとしてマヨルカス国土安全保障長官の弾劾訴追案を可決した。閣僚の弾劾訴追は実に148年ぶりであり、共和党がバイデン政権の移民政策を失政と攻撃する形だ。弾劾訴追文書は4月10日に上院に送付される見込みであるが、上院は民主党が多数党であるためマヨルカス長官が罷免される可能性は低い。しかし、閣僚の弾劾訴追にまで至るほど移民政策が政治化されていることは注目されよう。

バイデン大統領は2023年10月にトランプ前大統領の進めたメキシコとの「国境の壁」建設の再開に踏み切っている。しかし、これが支持率の獲得に結び付いているかは不透明である。むしろ、政策のぶれや従来の支持層を失うおそれが指摘されている。特に、移民の権利擁護を求める民主党左派からは激しい批判を受けており、移民政策は無党派層の取り込みと党内左派の取り込みの間にまたがるディレンマをバイデン大統領にもたらしている。

外交が大統領選の関心事項に

移民問題は外交にも波及している。2月4日、上院の民主、共和の両党は総額600億ドルに及ぶウクライナ支援とメキシコとの国境管理の強化を抱き合わせた緊急予算案に合意したが、7日には共和党議員の離反によって同法案が否決された。バイデン政権の移民政策を批判する共和党がいわばウクライナ支援を移民政策の人質に取っている形で、アメリカのウクライナ支援は宙に浮いている状態が続いている。

さらに、通常、大統領選挙で有権者は圧倒的に内政を重視するが、2023年10月7日のハマスによるイスラエルへのテロ攻撃とそれに対するイスラエルの報復攻撃が大統領選に大きな影響を与えている。ガザ市民の被害状況が悪化するにつれ、若年層やアラブ系アメリカ人など従来バイデン大統領への支持が多い層からバイデン政権の中東政策への疑念が高まっている。2月27日にアラブ系住民の多いミシガン州で行われた民主党の予備選ではバイデン政権の中東政策に反対する民主党の政治家や支持者によって「支持者なし」への投票を呼びかける運動が展開されたx。また、ユダヤ系アメリカ人の中でもイスラエル支持を最優先にしない左派の動きも出てきているxi。さらに、Z世代を中心とする若年層は党派に関わらず、ガザの人道状況を重視している。

バイデン政権はイスラエルのネタニヤフ政権との間で協議を繰り返しているが、ガザ情勢の沈静化は全く見通せない状況だ。候補者が最終的に決定される8月末の民主党大会までにイスラエル・ハマス紛争の状況が好転しない場合、民主党支持者の結束に揺らぎをもたらす可能性も、無党派を含む若年層の取り込みに失敗する可能性も否定できず、バイデン政権とネタニヤフ政権の関係とそれがもたらすガザ情勢の行方に一層の注目が注がれている。

分断の時代の大統領

最後に指摘したいのは、現在、政治的分極化が進むアメリカでは、同時に党内の分断も進んでいる点である。主に、共和党はトランプ前大統領を支持するグループと支持しないグループに、民主党は急進左派と中道派との間での分断である。

共和党がトランプ党化する一方、民主党は党内を纏める方向にベクトルを向けている。バイデン大統領はこうした分断の時代に民主党を纏める役割も担わなくてはならない。トランプ前大統領が政治経験の無い「ワシントンのアウトサイダー」を謳って政界に登場したのとは対照的に、現在、民主党は1973年から2009年まで連続6期の長きに渡って上院議員を、そして、2009年から2017年まで副大統領を務め、「究極のワシントンのインサイダー」と称されるほどの経験を誇るバイデン大統領に党内を纏める役割を期待している。

このように、バイデン大統領は党内における様々な利益集団を妥協に導かねばならない難しい立場にあるが、結局のところ、「反トランプ」という文脈でしか民主党を結束できていないのが実情であろう。そして、党内を纏める難役だけではなく、これまで述べてきたような種々の問題もバイデン大統領にはのしかかっている。大統領選挙までの8か月間でこれらの諸問題に対する手腕が問われている。