コラム

『US Report』vol. 3
なぜアメリカ世論は「内向化」しているのか

2015-09-28
飯田 健(同志社大学准教授)
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1. 「内向化」するアメリカの有権者
 ISIL(Islamic State of Iraq and the Levant)が依然として勢力を保つ中、オバマ大統領の消極的な対外政策に対して批判が高まっている。例えば、2014年6月12日、共和党のジョン・ベイナー下院議長は記者会見の席で、「テロリストたちがバグダッドから100マイルまで迫っているとき、大統領は何をしているのか―昼寝だ」とオバマのISILに対する弱腰を批判した。また、2016年大統領選挙に向けて共和党内の有力候補者たちもこぞって、「イスラム国を作り出したのはオバマだ」(リック・サントラム元上院議員、2015年5月21日)などと、オバマの対外政策批判を強めている。
 しかし、こうした批判にもかかわらずオバマの支持率は落ちていない。例えばGallup の世論調査によると、ISILが攻勢を強める中、大統領支持率は2014年初めの40%代前半から、2015年中ごろの40%代半ばへと若干の上昇傾向すら見られる。
 この理由の一つとして、アメリカ世論の「内向化」が挙げられる。オバマ政権下において世論の「内向き」志向が急速に強まっており、例えば2014年のThe Chicago Council on Global Affairsの世論調査によると、アメリカは世界の事柄に関わるべきではないと考える非介入主義的な回答者の割合は、2008年には36%だったのが2014年には41%となり、1947年の調査開始以降最高の値を記録している。つまり、世論がそもそもアメリカの積極的な対外関与を望んでいないため、対外政策に対する「弱腰」との批判にもかかわらず、オバマの支持率は下落しないのである。

2.「内向化」の原因
 では、なぜ有権者の間でこのような「内向き」志向が強まっているのであろうか。その原因として有力なのが、アメリカのパワーが相対的に低下しているとの認識が有権者の間で広がっているということである。
 第一に、世界におけるアメリカの経済力の相対的低下の認識がある。先述したChicago Councilの世論調査データを分析すると、現時点において「中国の方がアメリカよりも経済的に強い」と考える回答者の割合は44%と最も多く、次いで「同じくらい」が27%、「アメリカの方が中国よりも経済的に強い」が29%となっており、多くの有権者はアメリカの相対的な経済力について自信を失っていることがうかがえる。もちろん、依然としてGDP規模でアメリカは中国の1.77倍(2013年、IMF)と十分優位にあることから、この認識は必ずしも正しいとは言えないが、少なくともこれは過去10年間の比較でアメリカの4倍近くの経済成長率を示す中国の経済的台頭を反映したものとは言えるであろう。
 さらに回答グループごとに内向き志向の度合いを見てみると、「中国の方がアメリカよりも経済的に強い」と考える回答者の46%、「同じくらい」の40%、「アメリカの方が中国よりも経済的に強い」の34%がそれぞれアメリカは世界の事柄に関わるべきではない、と答えている。つまり、アメリカの経済力の相対的低下を認識する有権者ほど、内向き志向が強くなっているのである。
 第二に、世界におけるアメリカの軍事力の相対的低下の認識がある。同じくChicago Councilの世論調査データを分析すると、現時点において「中国の方がアメリカよりも軍事的に強い」と考える回答者の割合は14%と最も少なく、次いで「同じくらい」が32%、「アメリカの方が中国よりも軍事的に強い」が54%となっており、さすがに過半数の有権者はアメリカの相対的な軍事力に自信をもっている。とはいえ、中国の約3倍にもなるアメリカの軍事支出の規模(2014年、SIPRI推計)を考えると、この数字は低すぎるとも言える。
 また、回答グループごとに内向き志向の度合いを見てみると、「中国の方がアメリカよりも軍事的に強い」と考える回答者の50%、「同じくらい」の48%、「アメリカの方が中国よりも軍事的に強い」の34%がアメリカは世界の事柄に関わるべきではない、と答えている。つまり、アメリカの軍事力の相対的低下を認識する有権者ほど、内向き志向が強いのである。
 以上のことから、アメリカのパワーの相対的低下の認識は、アメリカの有権者の間での内向き志向が強まる有力な一つの原因であると考えられる。これは今後、経済面でも軍事面でも中国が伸長していく場合、アメリカの有権者はますます内向的になる可能性が高いということを意味する。

3. アメリカの有権者は日本のための武力行使を容認するのか
 さて、こうした世論の内向化を基調として、個別具体的な事件においてどのような状況下でアメリカの有権者は、アメリカ政府による対外武力行使を容認するのであろうか。この問題はとりわけ日本をはじめとするアメリカの同盟国にとって切実な問題である。例えば、2013 年11 月23 日、中国は尖閣諸島周辺を含む東シナ海上空に防空識別圏を設定したが、このとき日本の政府、マスメディア、有権者はアメリカ政府がどのような対応を取るのか、どの程度中国を非難するのか、どの程度日本の立場に同調してくれるのか、注視した。これは将来予見しうる中国との更なる摩擦において、果たしてアメリカが日米同盟に則り、最も極端な場合、武力行使も含めて日本のために中国に対抗してくれるのか、との懸念が存在したからであった。当然、アメリカ政府の対外政策意思決定は国内世論の制約を受ける。
 このような問題関心の下、筆者は中国による防空識別圏設定から約2か月後の2014年1月中旬、約1,500人のアメリカの有権者を対象にインターネットサーベイ実験を実施した。詳細は別稿に譲るが、実験結果から得られた含意は、日本に対する好意的な感情が広く存在することを前提として、国際社会から懸念が表明された場合には、アメリカの武力行使に対する有権者の反対が弱まる、というものであった。これはつまり、アメリカの有権者の間で積極的対外関与を嫌がる「内向き」志向が強まっている中、政府による国外での武力介入が有権者に容認されるためには、アメリカの武力行使によって恩恵を被る国がアメリカの有権者に好意的に評価されていること、そしてその恩恵を被る国だけでなくより広く国際社会からの要請があることが重要であるということを示唆する。