コラム/研究レポート

「『不確実性の時代』の朝鮮半島と日本の外交・安全保障」研究会
中間報告レポート

2019-10-30
『不確実性の時代』の朝鮮半島と日本の外交・安全保障 研究会
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 日本国際問題研究所「『不確実性の時代』の朝鮮半島と日本の外交・安全保障」研究会では、秩序の混沌期の渦中にあり、日本にも大きな影響を及ぼす朝鮮半島(韓国・北朝鮮)の最新動向を把握し、またボトムアップの分析を通じて日本にとっての示唆を引き出すことを目的としている。2019年度研究会では「北朝鮮非核化問題と地域秩序の行方」「金正恩体制の内在的文脈と生存戦略」「韓国情勢と難関に逢着した日韓関係」を主要な研究トピックに設定するとともに、各トピックをカバーする「部会」を設けて調査・研究活動を実施中である。今年度の動きをふまえた最終的な研究報告は年度末報告書として別途作成の運びとなっているが、ここではその中間総括として、各トピックについて特記すべき懸案事項と効果的な政策立案のための留意点を掲載している。なお、それらの内容(下記)は研究会での議論をもとにメンバーの総意として導かれたものであるが、同時に各員の個人的な見解に基づくものであり、いずれの機関・団体の意見をも代表するものではない(研究会の概要および構成については以下を参照)。

「北朝鮮非核化問題と地域秩序の行方」部会

 シンガポールにおける史上初の米朝首脳会談を契機として北朝鮮非核化の進展が期待されたが、北朝鮮がとるべき非核化措置について、米朝間に大きな認識の相違があることがハノイでの2度目の米朝首脳会談で明らかとなった。そもそも北朝鮮の非核化への意思については懐疑的な評価もあり、北朝鮮の非核化についてはかなり深刻な状況にあることを認識する必要があるが、少なくとも米朝関係を軸に動きがあるのであれば、北朝鮮の意思がいずれにあるかに関係なく北朝鮮を「完全な非核化」へと導く好機としなければならない。現状では北朝鮮の考える「完全な非核化」と国際社会の考える「完全な非核化」に大きなズレがあると言わざるを得ない。それゆえ国際社会が考える「最終的かつ完全に検証された非核化(final, fully verified denuclearization)」こそが唯一の目標であることを北朝鮮に受け入れさせる必要があるし、同時に関係国間で共有する必要がある。  また、核兵器のみならずミサイル問題も解決されなければならないが、その際、大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)のみならず短距離、中距離弾道ミサイル問題の解決も必要不可欠であることを国際的に確認する必要がある。ただ、短距離、中距離弾道ミサイルについては関係国間に立場の違いがあることから、ミサイル防衛をめぐる関係国の役割分担、協力体制のあり方のみならず、より広域でのミサイル防衛のあり方についても関係国間で十分検討されなければならない。  さらに、北朝鮮に姿勢変化させるためには、「対話と圧力」の両方が必要であり、それをバランスよく使う必要があることを確認し、北朝鮮の「完全な非核化」を実現するまで、国際社会は国連決議に基づく北朝鮮に対する制裁を維持しなければならない。その際、制裁がより効果的に機能するための輸出入管理の方法、技術などを関係国で共有する必要があり、その際、日本は指導的立場をとらなければならない。  ところで、北朝鮮を「完全な非核化」へと導くプロセスは東アジアの「新たな安全保障環境」―すなわち「あらたな地域秩序」の構築過程となることから、そうした中長期的視点に立った取り組みが必要とされる。こうしたプロセスに日本が関わることは当然として、「あらたな地域秩序」を日本にとって好ましいものとしなければならない。問題は「完全な非核化」の定義と「あらたな地域秩序」のイメージ、そこにいたるプロセスについて、北朝鮮はもとより米国、韓国、中国、日本など関係国間にも微妙なズレがあることである。それゆえ、「完全な非核化」と「あらたな地域秩序」のイメージ、そこにいたるプロセスについての関係国間の調整が必要とされる。その際、日米韓の協力関係が中心となるだろうし、日米韓安全保障協力の基盤となるのが日米ならびに米韓同盟であることは間違いないが、従来の協力体制をそのまま維持するのではなく、新たな協力の形を模索しつつ、日米韓関係を管理していかなければならない。  北朝鮮の「完全な非核化」と東アジアの「あらたな地域秩序」の実現には非常に複雑で煩雑なプロセスが不可避であろうが、それゆえ国際社会は慎重かつ粘り強い対応が不可欠であることをあらためて覚悟しなければならない。 (総括:平岩俊司「北朝鮮非核化問題と地域秩序の行方」部会リーダー)

「金正恩体制の内在的文脈と生存戦略」部会

 北朝鮮の内部事情をめぐっては、念頭に置くべき点として以下のようなものが挙げられる。  第一に、国連安保理決議による国際的制裁および日米韓等の単独制裁による北朝鮮経済の成長鈍化あるいはマイナス成長が、金正恩委員長の国内的立場の悪化をもたらす可能性が考えられる。  第二に、金正恩委員長は2019年3月の最高人民会議代議員に立候補せず、同年4月の最高人民会議で新たな職責に就くのではないかと見られたが、結局は国務委員長に再選された。一方、2019年4月と8月の憲法改正を通じて国務委員長の権限が拡大され、結果的に金正恩委員長の指導的地位はさらに強化された。またハノイでの2月の米朝首脳会談決裂で、対米交渉を主導していた党統一戦線部の権限が低下し、対米外交が外務省主導で再編されるなど、政策指導体系に変化が見られる。このようなめまぐるしい動きが各種政策の混乱へとつながる可能性も考えられる。  第三に、このまま米朝関係の膠着状態が続けば、金正恩委員長が2019年1月1日の「新年の辞」において、1年の期限を切って米国に政策の再検討を求め、それが実現しない際には、「われわれとしてもやむをえず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかも知れない」としたことが現実化する可能性がある。また、この新しい道とは、北朝鮮のさらなる核実験やICBM発射実験、新たな挑発行動になる可能性もあれば、北朝鮮が米国との関係改善を後回しにし、中国(そしてロシア)を協力のパートナーとして、核保有を既成事実化すると共に、いわゆる非核化への「段階的アプローチ」をとる方向に戦術を転換する可能性などが考えられるが、いずれの場合にも北朝鮮情勢の不確実性は増大することになる。  そして、これらをふまえて日本がとるべき方向性を考えるならば、以下の点を留意する必要があろう。  第一の問題に関連して、現状、北朝鮮国民の金正恩委員長への支持は、経済成長を重視した体制内改革の進行と国民の体制外での非公式な経済活動の黙認が主たる要因となっている。北朝鮮が経済成長と国民生活向上を重要な国家目標とすることは、日本としても基本的に歓迎すべきことである。とはいえ、非核化の進展なしに日本が北朝鮮に対する本格的な支援を行うことは難しい。したがって、日本は北朝鮮に対し、(非核化や諸懸案が解決した後の)具体的な協力プロジェクトの策定などを行い、実効性のあるものとして提示していく必要がある。  第二の問題に関連して、北朝鮮の対日外交は、かつては水面下で国家保衛部が、公然面では外務省が主導してきたが、党統一戦線部の権限強化にともなって対日外交にも同部が介入してきた経緯がある。しかし、ハノイでの米朝首脳会談の決裂で同部の権限が全般的に低下し、現在は司令塔が不在の状況にある。北朝鮮の外交陣容の変化を注視しながら、トップに直結する水面下交渉を活性化させるべきである。  第三の問題に関連して、米朝関係が非核化の進展を契機に改善することは日本にとっても利益となるので、北朝鮮の政策決定者に対し、非核化後の「明るい未来」について積極的にアピールする必要性がある。また、北朝鮮が核実験やICBM発射実験を再開した場合、日本は北朝鮮に対して厳しい態度で臨まなければならない。なお、もし北朝鮮が米国との関係改善を後回しにし、中国を協力のパートナーとしていわゆる非核化への「段階的アプローチ」をとっていくことにした場合、非核化のプロセスは十年単位のものになることも予想され、その間に「一帯一路」構想の拡大に伴う、中国の朝鮮半島に対する影響力が一段と強まることにも留意が必要である。日本の北朝鮮に対する経済的影響力を失わないため、非核化プロセスの進展を前提としつつ、日中が合意した一帯一路の第三国市場での協力のなかに、北朝鮮問題における協力を入れることも考慮する必要があるかもしれない。 (総括:三村光弘「金正恩体制の内在的文脈と生存戦略」部会リーダー)

「韓国情勢と難関に逢着した日韓関係」部会

 韓国情勢・日韓関係については、特に韓国の以下のような側面を注視する必要があろう。  まず内政について、来年4月の韓国総選挙は,進歩陣営にとって,文在寅政権の行く末を左右するにとどまらない重みを持つ。対抗勢力たるべき保守陣営が分裂し,その再編が遅々として進まない現状は,経済や安全保障をめぐってあたためてきた果敢な政策転換を実行に移すうえで,千載一遇の機会である。ただし,そうした取り組みはこれまでの"保守による大韓民国"の否定であり,文在寅政権の5年だけをもって実現出来ないのは自明である。次期大統領選で勝利し,「進歩20年執権」へとつなげる為に,総選挙は負けられない戦いとなる。そうした中で,文在寅大統領が,対日関係を打開する政治決断を下すことには大きなリスクが伴うだけに,可能性は現実的には極めて低いと言わざるを得ないのが実情である。  また外交に関しては、文在寅政権にとっての最優先課題である南北関係の改善、さらには朝鮮半島の平和プロセスは、2019年以降停滞したままである。最大の課題は、北朝鮮にいかに非核化措置を取らせるか、であるが、米朝が直接やりとりをする中で韓国の役割は限界に直面している。文政権が目指した南北経済共同体の任期内実現は事実上不可能となったが、それでも文政権は南北経済交流の再開を目指し続けるはずである。米朝双方に働きかけを行い、非核化を目指そうとする文政権の努力は良しとしながらも、北朝鮮の非核化への行動が伴わない段階での南北経済協力には慎重であるよう、米国と日本など関係各国は緊密な協議をしていく必要がある。  さらに防衛問題に関しては、ミサイル脅威に対応するためには、日米韓協力により米軍の行動を支えるアセットを有効に連携させる必要がある。客観的に見て、日韓が共通して直面するこうした脅威が増大しつつある。そのなかで韓国側が、日韓秘密軍事情報保護協定、いわゆる日韓GSOMIAを終了させる決定を行ったことは大きな懸案である。わが国の哨戒機が韓国海軍駆逐艦から火器管制レーダーの照射を受けた事案でも韓国側の姿勢のために協議継続が困難になるに至ったが、日本としてはこのような中でも引き続き、日韓・日米韓の防衛協力の継続へ向けて努力していくべきであろう。  そして経済に関して、半導体関連品目をめぐる韓国の対日WTO提訴は、折からのWTOの機能不全もあって訴訟の長期化が予想され、またその間にも国際広報と通商法技術論という2つ局面での争いが続くことが考えられる。日本としてはこれを所与のものとして、客観性・説得力をもって提訴に対応するとともに、外交交渉による解決も引き続き模索していかなければならない。また「ホワイト国」除外に端を発した日韓貿易摩擦の拡散は、双方による措置の応酬を経ていまや感情論の領域に入っており、それだけに当分は財界交流を通じた信頼醸成措置、韓国進出日本企業に対する技術移転強制・生産品目の転換要請・政治的背景による労使紛争といったリスク情報の官民共有など、事態の「管理」に専念せざるを得ない。それとあわせて、問題の長期化が両国経済を疲弊させること、グローバル・バリュー・チェーンへも影響を及ぼすことを双方が理解するとともに、最終的には国際的な輸出入管理の効率化を実現させる形で事態を収拾できるよう、双方が努力することが求められる。そして、韓国経済が構造改革の遅れによる企業債務問題、不動産市況の影響を大きく受ける家計債務問題を抱えており、たとえば文在寅政権の進める急激な財政拡大が経常収支赤字の再定着と重なった場合、国債の格付け低下リスクがあることを念頭に置く必要がある。たとえば金融機関・企業の格付け低下を通じて、メガバンクが多く手がける第3国案件への融資や保証の障害という形で日本にも影響が及ぶ可能性、さらに地方財政や公企業の赤字膨張をめぐって透明性や統計の信頼性が揺らいだ結果として突発的に危機が表面化する可能性、さらにはそれが朝鮮半島をめぐる地政学リスクを高める可能性も含めて、冷静かつ幅広な思考が、政治的関係とは別個の次元で、なにより肝要である。国際収支危機の発生に備えた金融監督情報の収集(当局間協力)に加えて、日本への影響を引き下げる予防策としての通貨スワップ再開も、糸口を探さねばならない。 (総括:西野純也「韓国情勢と難関に逢着した日韓関係」部会リーダー) 以上